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国家とは何だろうか

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

日本史における「近現代」の次はあるか、についての考察

雑記

 昨日は日本の古代化と近代化についての考察を書いた。今日は「現代化」について書いてみたい。

 

 ▼昨日の記事

ichijokanji.hatenablog.com

 

 日本の古代化は①稲作、②仏教儒学の伝来、③白村江の戦いを経て④律令制度の採用によって確立した。以後、政治、文化共に唐風から日本風(国風)になり、古代が終わった。

 一方で近代化は①鉄砲、②キリスト教の伝来、③薩英戦争・四国艦隊砲撃事件を経て④立憲制度の採用によって確立した。以後、西欧の思想が広まり、今尚これらを咀嚼している段階だと推察した。

 

 日本の古代化・近代化は、③→④、つまり戦争の相手国の制度を倣ったことで一気に進んだ。ならば、大東亜戦争の相手国であるアメリカの制度を採用して、日本は「現代化(アメリカ化)」したのではないかという疑問が生じた。

 つまり①国際金融?、②新自由主義?(グローバリズム)、③大東亜戦争を経て④寡頭政治(日米合同委員会、外形的立憲主義)の採用によって日本の現代化の骨子が確認され、定着を図っている段階・・・といえるだろうか。あくまで推察でしかないが。

 

 あるいは、「近現代」と括れば、①鉄砲、②合理主義・グローバリズム、③薩英戦争・四国連合艦隊砲撃事件を経て④立憲制度の採用によって「近現代化(欧米化)」が加速した。しかし荘園の代わりに所有権が不可侵の権利となり、政商が成長して政治に影響力を及ぼすも、武家の代わりに陸海軍、即ち武人が政権を担うようになった。

 長い目で見れば、室町時代には武家政治が停滞する時期があったが、古代と同じリズムで歴史が巡るとすれば、米軍に占領されている現在はその時期に当たる。世界が合理主義・グローバリズムからの転換を検討している今、再び「尚武の気風」を以て武人による政権が、帝国憲法の時代とは異なる形で現れる可能性もある。

 

 考察というよりは「戯言」の類かもしれない。しかし、日本が支那、欧米文明を消化し切ったとすれば、いよいよ日本文明が世界を席巻する時代が来るのかもしれない。日本人は気概と覚悟を持つ必要がある。

日本の歴史区分は、「古代」と「近代」だけでいい。

雑記

 私の見る所では、日本の歴史区分は「古代」「近代」の二つに分けられる。厳密には1万年続く縄文時代を「前古代」、大東亜戦争以後を「現代」と言えなくもないが、ここでは「中世」「近世」という分け方は必要ない、ということを強調しておきたい。

 

 古代、近代の始まりに線を引く基準は、文明の分岐点、即ち他文明との接触にあると思う。古代は支那文明、近代は西欧文明との接触が、それぞれ日本文明の分岐点になった。それら他文明は一度に押し寄せるのではなく、段階的に日本に伝わり、段階的に日本化した。

 

 古代の始まりは、縄文後期に本格的に稲作が定着する頃である。農耕自体は縄文中期には始まっており、自然の水たまりを利用する米作りも始まっていたが、灌漑を用いて行うようになるのは縄文後期とされる。その米を縄文人に伝えたのは長江流域の越人と言われている。つまり、縄文中期には支那文明と接触していたことになる。

 次に仏教儒学の宗教、思想である。厳密には仏教支那のものではないが、大陸から半島経由で伝わったということで一纏めにした。仏教については崇仏派と排仏派の間で内紛が起ったが、崇仏派の蘇我氏が勝利し、朝廷での勢力を強めた。

 最後に律令制度であるが、これは白村江の戦いの後に朝廷が採用したものである。大和軍が唐・新羅連合軍に敗北した後、朝廷は連合軍の大和侵攻に備え、唐の律令制に倣い軍備を整えた。これで日本が一気に古代化する。

 その後、唐風文化が盛んになるが、次第に国風文化へ移行する。これと時を同じくして律令制は崩れ、荘園の開墾・寄進が広く行われ、摂関政治院政が行われるようになる。更に、令外官である征夷大将軍武家)に政治の実権が移っていく。

 これは律令制を取り入れ古代化(唐化)したものの、それが崩れ日本化していく過程でもある。

 

 一方、近代化の始まりは鉄砲の伝来に始まる。鉄砲はこれまでの武士の戦い方を一変させた。敵地の攻略法が変われば防御法も変わる。当然屋敷の建て方も変わり、領民との関係も変わる。社会全体が変わるきっかけになったと言っていいかもしれない。

 次にキリスト教カトリック)が伝わる。しかし仏教と異なり日本に広まることはなかった。更に、布教の背後には侵略の意図があることが見抜かれたために、宣教師は追放され、商船さえ入港を禁止された。一方で新教国・オランダとは交流を続けていた。

 最後には立憲制度であるが、これは薩英戦争、四国連合艦隊砲撃事件の後に採用したものである。薩摩藩長州藩が英仏等の西洋諸国と戦火を交えた。そこでこれら国々の日本侵攻に備えるため、西欧の立憲政に倣い軍備を整えた。これで日本が一気に近代化した。

 その後、西洋文化が盛んになるが、それがどこまで日本化したかは、正直分らない。というのは、古代化が始まって1000年程度かかってそれを消化(日本化)したのであるから、近代化が始まって500年程の段階では判断できないからだ。言語でいえば、欧米の言葉は「外来語」として日本語の一部となっているし、食文化でいえば肉食は定着したが、それども米中心であることは変わらない。

 他方、立憲体制と共に国民国家の思想も採用したはずだが、国境や国籍についての危機意識が未だに低い。これは近代化(西欧化)を咀嚼、消化しきれていない一つの現れだろう。

 立憲政の下では荘園の代わりに所有権が不可侵の権利となった。結果として政商が現れ国政に影響力を持つようになった。また、その行き過ぎとして所得格差の拡大が指摘されている。士農工商のような、緩やかな身分制が復活するのだろうか。

 昭和期には軍事内閣が常態化したが、特筆すべきは東條英機内閣総理大臣陸軍大臣参謀総長の所謂「東條幕府」だろう。政治家には軍事外交についての知識も覚悟もない。刀伊の入寇の際の貴族と変わらない。武人による政権が相次いで成立したのは必然だったと言える。

 これは立憲体制を採り入れ、近代化(西欧化)したものの、それが崩れ日本化していく流れの一つだろうと思う。

 

 最後に余談ながら、文民統制自衛隊のクーデターを抑えていると語る次期総理候補の元防衛庁長官が居るが、寧ろ憲法を改正して軍隊を持たないことで却ってクーデターが起こるのではないか、と危惧する。

鍛冶俊樹『戦争の常識』(文春新書)を読む。⑪現代の戦争(弾道ミサイルと核)

読書メモ

 北朝鮮が核実験をして小型化を目指し、弾道ミサイルの精度を上げようとしている。中国(引用部分以外は以下、中共)は現に核保有国で、何百発もの弾道ミサイルを日本に向けている。

 

戦争の常識 (文春新書)

戦争の常識 (文春新書)

 

 

 「弾道ミサイルの中で最も長射程のものを大陸間弾道ミサイルICBMという 。大体5500km以上の射程であり、ユーラシア大陸とアメリカ大陸をまたげることから、大陸間と言うわけだ。つまり米国はロシアや中国を狙えるし、ロ中も米国に狙いを定めて互いににらみ合っていることを意味する」(p178)

 

 あえて言うなら、米国は本土から日本を狙うことも出来る。

 

 「ICMBは一般に長距離弾道ミサイルと考えられているから、それより射程の短い弾道ミサイルを中距離ミサイル(IRBM)、更に短い射程のものを短距離弾道ミサイル(SRBM)と分類する」(p180)

 

 IRBMでは、中共の東風21号の射程が1800km、北朝鮮のノドンは射程が1300kmで、いずれも日本を完全に射程に収めている。

 SRBMでは、中共のM9が台湾を、北朝鮮スカッドが韓国を、それぞれ射程に収めている。

 

 「弾道ミサイルを固形燃料型にして、更に移動式にしたとしてもなお、敵に発見され爆破される可能性は残る。しかしこれを原子力潜水艦に搭載すると、発見は極めて難しくなる。原潜はきわめて長期間の潜航が可能である。従って いったん潜水したら最後、飛行機や人工衛星からも察知は難しいのだ。

 この潜水艦発射型弾道ミサイルをSLBMと言い、これを搭載している原潜を戦略原子力潜水艦と言う」(p182)

 

 ロシアが千島樺太を日本に返さない理由は、戦略原子力潜水艦のためのオホーツク海を日本に侵されたくないからである。

 

 では、これらの弾道ミサイルからどのように国土を守るのか、一つにはミサイル防衛がある。

 

 「PAC3にしろS300Pにしろ、これだけでは所詮、地対空ミサイルに過ぎない。短距離弾道ミサイルなら何とか対応は出来る。

 しかし中距離弾道ミサイルとなると飛距離が伸びる分だけ、対処しなければならない範囲が拡がる。しかも到達高度も大気圏外まで達するため、立体次元で範囲が拡がるのである。また到達高度が高いだけ落下速度も速くなり、迎撃は一層困難になる。

 これに対処するためには多種多様なレーダーで敵ミサイルの早期発見に努めなければならない。つまり数多くのレーダーと迎撃ミサイルとが連携したシステムが必要となる」(p189)

 

 そこで「米国が提案したのは戦域ミサイル防衛システムいわゆるTMDである」(同)

 

 「TMDでは迎撃ミサイルが低空用と高高度用に階層的に分かれており、更にそれぞれ陸上配備用と海上配備用に領域的に分かれている。

 具体的には低空・陸上用がパトリオットPAC3、高高度・陸上用がTHAAD、低空・海上用がスタンダード・ミサイルⅡ、高高度・海上用がスタンダード・ミサイルⅢというように立体的な構造になっている。そして陸・海・空軍のレーダーが連携して敵弾道ミサイルの早期発見、軌道確認、撃破に努める」(p190)

 

 日本ではPAC3は航空自衛隊高射部隊、THAADは青森と京都、スタンダード・ミサイルは「こんごう型」イージス駆逐艦に配備されている。

 

 「日本に対する差し迫った中長距離弾道ミサイルの脅威とは言わずも知れた北朝鮮のノドンであるが、中長期的には中国の東風21号なども対象となっていると考えていいだろう」(同)

 

 同書が書かれたのは2005(平成17)年であるが、現在は中共の東風21号も差し迫った脅威と見ていいだろう。更には、長期的には米国のミニットマンも脅威となる(その前に在日米軍が日本列島を自由に移動できることが問題であるが)。

 

 「ついでながら米国はミサイル防衛において核兵器を使用することも考慮に入れているようである。核ミサイルを防ぐのに核ミサイルを使うなどと言うのは一見、本末転倒にも思えるが、それなりの事情がある。

 と言うのも、恐るべき高速で飛ぶ弾道ミサイルを迎撃するというのは容易なわざではない。レーザーなども敵のミサイルが防護を固めれば効果のほどは怪しくなる。ところが核ミサイルで迎撃すれば、かなり離れた距離ですれ違っても核爆発の威力で敵ミサイルを確実に破壊出来るのだ」(p191)

 

 「大気圏外で小型核兵器で迎撃した場合、放射能汚染はかなり希薄化される。それでも地球環境にとって好ましくないのは言うまでもないが、自国が直接核攻撃されるよりはましということであろう。

 核軍拡競争は決して終わりを告げたわけではないのである」(p192)

 

 現実に北朝鮮でさえ、核の小型化を急いでいる。一方で我国は、核軍拡競争に参加すらしていない。一体どうして「三発目」から国土を守るのか。

鍛冶俊樹『戦争の常識』(文春新書)を読む。⑩国防の義務と、徴兵制のメリット・デメリット

読書メモ

 国家は国民の団体であるから、国民は国家を支える義務がある。具体的には国家の経済力と防衛力は国民の負担によってのみ支えられる。従って国民は納税義務、兵役義務を負わなければならない。

 勿論「兵役義務」といっても、総て国民が銃を担いで、或いは戦闘機に乗って戦場へ行くということではない。戦争に協力する義務、国防の義務と言ってよい。

 

戦争の常識 (文春新書)

戦争の常識 (文春新書)

 

 

 「国民国家とは・・・国民のための国家という意味である。・・・しからば国民国家においては国民が自らの国家を守るために武器を取るのは当然の義務と考えられる」(p87-88)

 「つまり国民国家では国防は納税と同じように国民の義務と考えられており、それは徴兵制、志願兵制に関係がない」(p88)

 

 日本は国民国家ではない。「日本国憲法徴兵制を否定していない」という言説を聞いたことがない。「徴兵制は絶対ありえない」という政党に政権担当能力があるか疑わしい。

 

 「もちろん、兵隊になることだけが国防の義務を果たすことではない。国防とは総合防衛であって、経済でも情報でも文化で防衛に協力することが義務を果たすことになる。従って強制的に兵隊に取ることはしないと言うのが志願兵制の趣旨である」(同)

 「国防は国民の義務とする考え方は独立として至極、当然だと言える。なぜなら国家の防衛を暴力団に委ねるならば、その国は暴力団のものであり、もはや国民のものではない。もしそれを外国に委ねるならば、その国は最早独立国とは言えない」(同)

 

 日本国は一体誰のものだろうか。

 

 「徴兵だからと言って、誰も彼も兵隊に取るわけではない。日本でも徴兵制は実施されていたが、そこには徴兵猶予という措置があった。昭和初期すなわち1925年から1935年ぐらいまでは軍縮期でもあり、諸事情を考慮して徴兵されない場合が多かった。学生まで徴兵するようになったのは太平洋戦争中盤の1943年からである。

 米国でも学生は徴兵免除だったし、学生以外でも諸事情で徴兵免除となる例が多かった。また現在の各国では、選択的徴兵制と言って、徴兵対象者の中から当人の希望や技能その他の事情を考慮して徴兵する場合も少なくない。こうなると志願兵制と大差ないことになる」(p89)

 

 「徴兵制の最大の利点は人件費が安く抑えられることである」(同)

 「軍隊は大規模組織であるから、人件費の高騰は国防費を押し上げる重要な問題なのである」(p90)

 

 私はむしろ第二の点に注目したい。

 

 「また徴兵制は社会一般の国防意識や公共精神の普及に極めて有効である。日本では国防意識も公共精神も学校で教えることすらしていないが、諸外国の学校では重要な徳目である。しかし単に学校で教えるだけでは意識は徹底しない。徴兵制はこうした精神面の教育の側面がある。そしてこれは具体的には市民防衛、経済防衛、情報防衛、思想防衛、文化防衛に有効に作用するのである」(p90)

 

 第一次世界大戦以降、 戦争は軍隊だけで行うのではなく「国家総力戦」となり、国民も無関係ではなくなった。例えば、爆撃機が都市を空爆すれば市民は警察、消防と協力して身を守らなければならない(市民防衛)。特に現在の日本では「歴史戦」として思想、文化が攻撃されている。慰安婦問題、女系天皇問題がそれである。

 

 「これと関連することだが、事故や災害時などの緊急対処の訓練としても有効である。・・・徴兵制があれば救護法や避難方法、誘導、連絡などを若者にまとめて訓練できるのである」(同)

 

 自然災害の多い我国では、自衛隊がレスキュー隊としての仕事に多くの人員を割かなくても済むように、「救護法や避難方法、誘導、連絡などを若者にまとめて訓練」させ、即応予備自衛官に登録して災害時に活躍してもらう、という制度もあっていいだろう。

 しかし徴兵制にはメリットばかりではなく、デメリットも存在する。

 

 「実は現代においては軍は必ずしも徴兵制を望んではいないのである」(p91)

 「20世紀には飛行機、戦艦、潜水艦、戦車などが戦争の主役となった。これらの武器は操作にも整備にも専門的な技術を必要とし、一時的に徴兵された兵隊では習熟が困難なのである。

 現に第一次世界大戦後には欧州では一部の革新的な軍人達が「軍隊の機械化、軍人の職業化」を主張し始める。つまり戦争に勝つには新兵器を大幅に導入する必要があり、そうなると一任期限りの徴兵ではもはや間に合わない。軍人を一生の職業として志願する兵隊が必要なのだ」(p92)

 

 かつて徴兵された兵隊は銃が扱えれば充分であったが、今や歩兵であってもハイテク機器を操るのである。訓練だけで兵役期間を終えてしまい、実任務に就く余裕がないという。それならば職業軍人の数を増やすしかない。

鍛冶俊樹『戦争の常識』(文春新書)を読む。⑨徴兵制と志願兵制

読書メモ

 憲法改正徴兵制が復活する・・・という言説を時折目にする。しかし、そもそも徴兵制とは何なのか、志願兵制とは何が違うのか。

 日本国憲法徴兵制を禁止しているという。それは本当だろうか。

 

戦争の常識 (文春新書)

戦争の常識 (文春新書)

 

 

 外国の例を見てみよう。

 

 「米国では南北戦争で初めて徴兵制が採用され、第一次世界大戦でも採用、第二次世界大戦でも採用されたが戦後もそのまま継続し、1970年代ベトナム戦争の終了で廃止となっている。

 1980年代には徴兵登録制と言って、万一のときに直ちに徴兵できるように徴兵対象者を政府が事前登録しておく制度が実施され、現在に至っている。

 つまり徴兵制は幾度も廃止と復活を繰り返しているのだが、この間憲法を修正しているわけではない。

 そもそも徴兵の規定は米国憲法に明文化されていない。米国は憲法の規定なしに米国民を徴兵していたのである」(p86-87)

 

 アメリカでは、徴兵制憲法問題ではない。政策判断によって廃止と復活を繰り返している。

 

 「これは別段驚くべき事ではない。フランスは1990年代まで徴兵制を続けていたが、やはり憲法に徴兵の規定はなかったのである。もちろん憲法徴兵制が明文化されている国も多い。ドイツ、ロシア、韓国、中国、イタリア等々。この中でイタリアなどは憲法の規定は変えることなく志願兵制に移行している。従って憲法上は徴兵制をいつでも復活できるわけである」(p87)

 

 日本国憲法に「徴兵制」の定めは無いが、米仏の例を見れば復活させることは可能である。ただし自衛隊は軍隊ではないから、「徴兵」ではなく自衛官という「特別職の防衛省職員」として「徴用」されることになるのだろう。

 

 「米仏もそもそも徴兵制憲法ではなく一般法で規定されていた以上、一般法を新たに制定しさえすれば徴兵制はいつでも復活するのである」(同)

 

 帝国憲法にも徴兵制の定めは無かった。徴兵令(明治六年)とこれを全面改正した兵役法(昭和二年)によって定められていた。

 

 「こうして見ると志願兵制に移行した国も、徴兵制が廃止されたと言うより停止していると言った方が正確かもしれない。決して徴兵制と志願兵制が対立しているわけではないことがこれでお分かりいただけよう」(同)

 

 自衛隊が軍隊であるとして、現在は志願兵制であるが、これは徴兵制が廃止されたというのではなく停止されているに過ぎない。

鍛冶俊樹『戦争の常識』(文春新書)を読む。⑧指揮官と参謀

読書メモ

 軍隊には、各部隊を指揮する司令官だけではなく、それを支える参謀がが居る。

 

戦争の常識 (文春新書)

戦争の常識 (文春新書)

 

 

 「軍隊は命令で動き、特に軍令の伝達される経路を指揮系統という。最高指揮官が発した命令は司令官を経由し更にその配下の部隊の長に伝達される。

 ここで言う司令官や部隊の長はそれぞれその部署における指揮官である。つまり命令は常にその配下の指揮官に伝達され、そのまた配下の指揮官に伝達され、を繰り返して最終的に末端の兵士に届くわけだ」(p70-71)

 

 「上から命令を受け取った指揮官は、伝言ゲームのように下にそれを伝えればいいわけではない。最高指揮官が発する命令は通常、末端の兵士の一挙手一投足まで指定してはいない。大体、目的と大まかな手段と期日、そして制約事項ぐらいしか記されてはいない。各部署の指揮官は、その命令を実現するためにその配下が具体的にどう行動するかを新たに下に命令するのである。

 そのためにはまず具体的な行動を策定しなければならない。この策定作業に参謀が必要となるのである」(p71-72)

 

 「なお参謀を別名、幕僚とも言う。これは戦場において指揮官が幕で仕切った内側で作戦を練ったことに由来する」(p72)

 

 「参謀は各級司令部、各部隊に配置されているが、その中で参謀本部は、軍全体の行動を策定し最高指揮官に進言することを業務とする」(p72)

 

 帝国陸海軍では、参謀総長軍令部総長天皇に進言(帷幄)した。

 

 「戦後は統合化が進み、例えば米国などでは統合参謀本部が大統領の下に置かれており、軍の行動について大統領に適切な進言を行う仕組みとなっている」(同)

 

 自衛隊法では、統合幕僚長は、陸上幕僚長海上幕僚長航空幕僚長に対して「同輩中の首席」なのだろうか(第九条の二)。命令系統を明確にするには、統合幕僚監部が陸上、海上、航空幕僚監部の上級機関であることを法定化すべきではないか。

鍛冶俊樹『戦争の常識』(文春新書)を読む。⑦軍の最高指揮権、天皇、自衛隊

読書メモ

 帝国憲法では、軍事については天皇の大権事項と定められ、統帥大権と編制大権とを区別した。前者は軍隊の指揮命令、後者は軍隊の組織を定める権限を意味する。或いは前者を軍令大権、後者を軍政大権と呼ぶこともある。

 日本国憲法下での自衛隊に対する軍令、軍政の権限は、一体誰が有しているのか。

 

戦争の常識 (文春新書)

戦争の常識 (文春新書)

 

 

 軍政という語には二つの意味がある。

 

 「先に「パキスタンで軍政が敷かれた」旨を記したが、ここで言う軍政は軍隊が直接、支配に携わること、つまり占領行政を指す。しかし軍政には同じ言葉で別の意味がある。それは軍事行政という意味で、軍の内部の管理を指す」(p62)

 

 パキスタンで軍政が敷かれた旨、というのは前回の記事を見てほしい。

 上述の軍政大権(編制大権)にいう「軍政」とは、軍事行政を指している。軍隊は、

 

 「平時には基地や駐屯地にいて、訓練や研究、警備などの仕事にいそしんでいる。当然、基地や駐屯地の管理、人事や物品の管理が必要になる。・・・つまり軍隊といえども他の行政機関と同様の行政管理が必要なのである

 行政機関の長が大臣であることに鑑みれば、軍政の長も大臣職ということになる。戦前の日本では陸軍大臣海軍大臣がこれに当たる」(同)

 

 陸軍大臣海軍大臣天皇の軍政大権を輔弼した。

 自衛隊の軍政の長は防衛大臣である。尤も、自衛隊は軍隊ではないから「軍政」と呼べるかは疑問であるが、所管大臣であることは間違いない。

 

 では軍令大権(統帥大権)に当たる権限、つまり最高指揮権は一体誰が有するのか。

 

 「ひとたび戦争になれば、・・・[軍隊は(註、引用者)]統一された指揮下で行動しなければならない。これを作戦指揮と言い、このための命令を軍令と呼ぶ。軍令上の長が自由に軍隊を動かせるわけだから、軍隊で最上の地位にあることになる」(p63)

 

 天皇は軍令上の長であるから、軍隊で最上の地位すなわち大元帥の地位にあった。

 

 「通常、最高指揮官は最高政治権力者と一致する。もしこの両者が別の人物だとするとクーデターが容易に起こせることとなり政治が不安定化するからだ。

 最高政治権力者は国によって異なるが、西欧諸国では本来、国王(女王)であった。従って最高指揮権も国王が持っていた。

 米国の大統領などはそもそも国王の代わりに設けられた職だから、米国では大統領が最高指揮官である」(p64)

 

 天皇は統治権の総攬者(元首)であり、軍の最高指揮官(大元帥)であった。しかし日本国憲法では、「条文上」、これらについて何等の権能をも有さない。

 我国と同じ立憲君主国である英国では、

 

 「英国は絶対君主制の国だったが、次第に議会で選出された首相が国王の代理として政治的な実権を握るようになったから、現在では事実上の最高権力者兼、最高指揮官は首相である。しかし「女王陛下の軍隊」としばしば呼ばれるように、形式上は女王(国王)が最高指揮官である」(p64)

 

 「事実上」は「政治的意味」、「形式上」は「法律上」と読み替える。

 

 「現在の英国では軍政は国防大臣が担当し、最高指揮権は女王の名において首相がこれを行使する。女王は名ばかりの存在に見えるが、将兵に与える精神的な影響はただならぬものがある。何年かで交代してしまう首相の名前で命令されるよりも、数百年続く伝統の称号で命令される方が命を託しやすいのである」(p66)

 

 現在の日本では、軍政は防衛大臣が担当し、最高指揮権は首相がこれを行使する。しかし何年かで交代してしまう首相の名前で命令されるよりも、千年以上続く伝統の称号で命令される方が命を託しやすいのではないだろうか。