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一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

【憲法小論】10八月革命説と日本国憲法の有効性

 10.八月革命説と日本国憲法の有効性

 

 まず端的に「八月革命説」とは、帝国憲法の改正権者は天皇であったが、ポツダム宣言受諾によって憲法改正権が国民の手に移ったという超理論である。従って本来憲法上許されない、帝国議会に於ける自由な審議が行われ、法律上の国体の根本である第一条及び第四条が変更され、改正手続条項さえも改定され、「改正限界説」に立てば凡そ許されない滅茶苦茶な「改正」が有効なものとされたのである。

 本来無効であるはずの「日本国憲法」への「改正」を有効なものとするためだけに用意された理論なのである。

 

 改めて確認すると、憲法とは国家の組織及び作用に関する基礎法であり、憲法は国家と同時に成立するものである。従って成文憲法を制定する以前に、立法権、行政権及び司法権等の組織とその作用は既に定まっており、憲法典はただこれらを文書を以て明瞭にし、固定化させたものに過ぎない。

 従って憲法制定権は立法権の一部であり、改正権もまた立法権の一部である

 

 帝国憲法第七十三条はこの思想に基いており、天皇が発案権を留保するのは、憲法改正は一般の法律を改正するよりも丁重な手続を以て行われるべきであると考えられたからである。帝国議会の協賛を経て裁可、公布するのは法律を制定するのと同様であるのは、矢張り憲法改正が立法大権の一部であるからである。

 

 この手続条項に違反すると、その改正は無効となる。 

 第一に、帝国議会は提出された条項を修正する権限しかなく、自由に改正、追補をすることは出来ない。よって日本国憲法は無効である。

 第二に、改正限界説に立つと、法律上の国体の根本原則である第一条から第四条を改定することは出来ない。よって日本国憲法は無効である。

 第三に、同じく改正限界説に立つと、改正手続を変更することは出来ない。よって日本国憲法は無効である。

 第四に、日本国憲法自身が「日本国民は・・・この憲法を確定する」といい、民定憲法であることを謳っている。よって日本国憲法は無効である。

 

 「日本国憲法」は改正憲法典としては無効である。これを帝国憲法が適法に改正されたものであるとする学説が、八月革命説である。

 八月革命説とは、ポツダム宣言は、日本に天皇主権を否定し国民主権を採用するよう要求しているが、帝国憲法は欽定憲法であるから国民が憲法を制定することができない。しかしポツダム宣言受諾によって天皇主権から国民主権となり、国民が憲法制定権者となった。つまり「主権者」が天皇ではなく国民となったのであり、この限りに於て法的に革命が起こった。従って帝国議会は七十三条による制限を超えて自由に憲法を改正することができるようになった。よって日本国憲法は国民の自由意思によって定められた民定憲法として有効なのである

 

 このような思想が誤りであることは、過去の記事で述べたように、ここにいう「主権者」の意味を法的意味の最高機関と捉えても、政治的意味の最高機関と捉えても、前者が天皇であり後者が帝国議会、国会であることに変わりはないのであるから、「主権者が変更されたということを以て革命が起こった」とは言えない。

 憲法制定権及び憲法改正権は立法権の一部であるから、帝国憲法の定めに従って改正するのであれば、既に憲法典は存在しているため憲法制定権は問題とならず、憲法改正権者は立法大権を有する天皇であり、その前提の下で帝国議会の協賛を経た後に天皇の裁可を経て公布されたのである。

 従ってポツダム宣言受諾によっても法律上及び政治上の最高機関、憲法制定権者及び改正権者は寸毫の変化もない。よって八月革命説を根拠に「日本国憲法」の有効性を説くことは出来ない

 

 しかし現に吾々は「日本国憲法」が我国の憲法典であると信じて生活しており、「日本国憲法」の定める手続によって定められた諸機関の活動によって法律を定め、裁判を行い、国民はこれに従うのである。日本国憲法が無効であるとすれば、もはや我々の社会生活は存立し得なくなる。

 日本国憲法憲法典として有効であるのは、日本国憲法が法として国民に認めらている事実にのみ求めることができる従って改正されるべき憲法典は日本国憲法に外ならない

 

 最後に、所謂帝国憲法復元改正は、原理原則に従えば御尤もであるが、最早国民の支持を得ることは出来ないだろう。叶うとすれば日本国憲法を帝国憲法に寄せて改正する、何十年も掛けて少しずつ改正し続ける以外に道は無いだろうと思う。

 

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