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一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

日本国憲法前文 第一段① 日本国憲法の制定者は、国民である

 前回までは大日本帝国憲法上諭を読み、憲法制定の由来やその思想を紐解いた。今回から日本国憲法前文を、美濃部達吉博士の解説を踏まえ読み直してみたい。

 

 

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【第一段】

 日本国民は、・・・この憲法を確定する。

 

 

 新憲法前文は其の劈頭に於いて、日本国民が此の憲法の制定者であることを声明している。ポツダム宣言受諾の我が申入れに対する聯合国の回答書には『最終的ノ日本国ノ政府ノ形態ハポツダム宣言ニ遵ヒ日本国国民ノ自由ニ表明スル意思ニ依リ決定セラルベキモノトス』とあり、それは将来に於ける我が憲法の改正が国民の自由意思に依つて行はるべきことを要求せらるものであることは明瞭であり、新憲法前文の声明は此の要求に従つたことを宣言して居るもので、恰も米合衆国や米国諸州の憲法前文又は第一次世界大戦後の独逸聯邦(ワイマール憲法)やプロシア等諸州の憲法前文に同じ趣意を言明して居るのを想起せしむるものが有る。即ち憲法欽定憲法であつたのに対して新憲法民定憲法であり、国民の意思の発現として其の効力を有するものである美濃部達吉『新憲法逐条解説』p9)

 

 ドイツ帝国とわが国は、どちらも大戦の敗戦国である。そしてどちらも「恰も米合衆国や米国諸州の憲法前文・・・に同じ趣意」の民定憲法を制定することとなった。

 

 国民が新憲法の制定者であることは、主権即ち国の最高権力が国民に属することを前提とする。何となれば、主権を保有する者でなければ国の最高法規たる憲法を制定する権限を有することは有り得ないからである。新憲法は後に述ぶる如く国民主権主義を宣言して居るけれども、国民の主権は新憲法に依り始めて与へられたものではなく、新憲法の制定以前から既に与へられてゐたものでなければならぬ。然らざれば国民が新憲法の制定者たり得べき根拠は存しないからである。

 而してポツダム宣言受諾の結果として与へられたもので、同宣言の受諾に基づき旧憲法は覆へされて、最終の日本国政府の形態を決定すべき力、換言すれば憲法の制定権は国民に属することが定められ、其の限度に於いて主権が国民に移されたのである。それは旧憲法の下に於いて行はれたのであるが、憲法に適合した適法の行為ではなくして、憲法を超越し之を破壊した革命的行為であり、敗戦の結果は憲法違反であるに拘らず之を受諾するの余儀なきに至らしめたのである。(同p9-10)

 

 成文憲法の制定権者は天皇であるが、これを国民とするためには、帝国憲法を破棄しなければならない。国民は、連合国の軍事力により主権者となったのである。

 

 それであるから、新憲法を以て旧憲法に基づき制定せられたものと解してはならぬ。旧憲法には国民が憲法制定権を有することは全く認めない所で、旧憲法に依つては国民が新憲法を制定したことの正当性を説明することは、全く不可能である。

 新憲法は旧憲法とは関係なく、ポツダム宣言受諾の結果新に憲法制定権を取得した国民が独立に之を制定したのであつて、仮令形式上は旧憲法第七十三条の手続に依つたとしても、それは唯自由に表明せられた国民の意思を求むる為の手段として便宜採用せられたに止まり、実質上には旧憲法とは関係なく、国民代表者としての議会が他から何等の拘束をも受けず完全な自由討議に依り、国民に代つて新憲法を議定したものであることは、序説に於いて述べた通りである。(同p10)

 

 帝国憲法改正については、まず、天皇が発案権を留保している。帝国議会は、改正案として提出された部分についてのみ修正、決議することができ、いかなる条項をも自由に審議することができない。

 日本国憲法の制定は、議会に提出された帝国憲法改正案を自由に修正、増補したのであるから、帝国憲法第73条に違反する。つまり憲法を超越し、これを破壊する革命的行為なのである。