一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

【憲法小論】13.日本の政体の変遷を図で表すとこうなる

 憲法は、国家の組織及び作用の基礎法である。

 国家の組織とは政体のことであり、日本は建国以来君主政の国であるが、時代と共にその多少の変遷が見られた。

 

 江戸時代は、制限君主政の中の封建的君主政であった。

 統治の実権は征夷大将軍が握っており、幕府の諸機関が内政及び外交を現実に行っていたが、征夷大将軍天皇の任命する所である(将軍宣下)。

 つまり法律上の権力を天皇政治上の権力を将軍(幕府)がそれぞれ分掌していた。

 

 

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 明治維新以後、帝国憲法が制定されるまでは専制君主であった。

 統治の実権は太政官、内閣が握っていたが何れも天皇の機関である。

 立法機関として元老院が存在したが、議員は官僚であり、これも天皇の機関である。

 つまり、天皇(政府)が親ら法を定め、執行した、法律上の権力政治上の権力を独占していたのであるから、専制君主政といえる。

 

 

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 帝国憲法は、政府の外に国民の代表機関たる帝国議会を置き、立法権に参与させ行政を監督する権限を与えた。

 これにより政治上の権力を帝国議会法律上の権力を天皇が分掌する立憲君主政となった。

 立憲君主政は民共治の政体であり、立憲政とは、内閣は国会を通じて間接的に国民に対し責任を負い、国民は国会を通じて間接的に国政に参与し得る政体である。

 

 

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 日本国憲法に於ても政治上の権力を国会法律上の権力を天皇が分掌する立憲君主政を採用した。

 異なる点は、帝国憲法大権中心主義であったのに対し日本国憲法国会中心主義であることである。

 殊に立法については、①天皇の裁可権を廃止し、国会が単独で法律を制定し得ることとなった(国会単独立法の原則)。また、②法律に代わる緊急勅令の制定権を廃止し、法規は国会でのみ制定し得ることとなった(国会中心立法の原則)。

 その外、内閣総理大臣の任命は大命降下から国会の指名する所となり、皇室典範は皇室の家法から国会の定める法律となった。

 

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