読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

【憲法逐条解説】 序説(二、三) 新憲法によっても、国体は変革されていない

『新憲法逐条解説』補訂

 二 新憲法と国体の変革

 新憲法が我が国体を変革するものであるや否やは、従来一般に我が国体は万古不変であると謂はれてゐただけに殊に議会に於ける憲法草案の審議に際し激しく論議せられた問題であるが、それは「国体」といふ語の意義を如何に定むるかに依り解答を異にすべく、一概には之を論断し難い。

 

 国体といふ語は、明治以前から詔勅又は宣命等に於いて屡用ゐられて居るが、一般には法律的観念としてではなく、国風又は国粋といふやうな意味に用ゐられて居り、即ち他の諸国に類を見ない我が国特有の歴史的倫理的事実を指す意味であることを普通とする。我が国の法令中此の語を法律語として用ゐて居るのは、唯治安維持法の一例が有つたのみで、而して治安維持法に所謂国体の意義に付いては、大審院判例にも認められて居た通り、万世一系の天皇が我が国を統治したまふことを意味し、即ち天皇の統治大権を其の観念の要素とするものと解せねばならぬ。

 

 新憲法天皇の統治大権は之を除き去り、旧憲法第一条及び第四条の原則を撤廃して主権は国民に属することを主義と為すに至つたのであるから、治安維持法に用ゐられてゐたやうな意義に於いての国体が新憲法に依り変革せられたものであることは、更に疑を容れない所である。

 

 併しながら国体といふ語は必ずしも常に斯かる意義にのみ用ゐらるるものではなく、前にも述べた如く普通には寧ろ斯かる法律的観念としてではなく、我が国家組織の歴史的倫理的特色、即ち我が国民が万世一系の天皇を国家の中心として奉戴し他国には類を見ない程の尊崇忠誠の念を致し天皇は国民を子の如くに慈みたまひ君民一致挙国尚一家の如くなることの事実を指す意味に用ゐられて居る。国体といふ語を若し此の如き意義に理解するならば、新憲法は敢て斯かる意義に於いての国体を変革するものではない。天皇の統治大権は除き去られたとしても、君民一致の精神的倫理的の事実は必ずしも之に依つて妨げらるるものではない。

 

 要するに、新憲法が我が国体を変革するものであるや否やは、国体といふ語の用ゐ方如何に依り答を異にすべき問題であるが、仮に新憲法が国体を変革するものであるとしても、国体の変革は決して国家の滅亡を意味するものではなく、新憲法に依り旧日本が滅亡して新日本が之に代はるのではなく、同じ日本国が其の生存を継続し、唯或る程度に其の国家機構を革新するに止まるものであることは、言ふまでもない。

 

 

 三 新憲法の文体

 新憲法の著しい特色の一としては、尚其の文体に口語体を用ゐ、仮名は総て平仮名としたことを挙げることが出来る。新憲法草案に斯かる文体を用ゐたのを動機として、一般の法令・詔勅・其の他の公文書にも、従来の片仮名式文語体を廃して総て平仮名式口語体を用ゐることとなつたのであるから、其の及ぼせる影響は甚大と謂ふべきである。

 

 それが果して適切な手段であつたかどうかは容易に断定し難い。寧ろ反対に、簡潔明瞭を旨とすべき法令の文体としては、従来の如き片仮名式文語体を優れりとするのではないかといふ疑も、相当の理由あるものと思はれる。少くとも新憲法の文体は口語体としても十分に成効したものと謂ひ難いのは遺憾である。