一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

【憲法逐条解説】 第1条 日本国憲法においても天皇は君主の地位を失わない

        第一章 天    皇

 

 〔解 説〕新憲法国民主権主義を取り、天皇はもはや主権を有せられないのであるから、此の点から言ふと、第一章には、国家組織の全体に通ずる総則的規定を除いては、先づ国民に付いて規定するのを当然とするやうであるが、後に述ぶる如く新憲法に於いても、天皇は政治に付いての権力は有せられないが、栄誉権としては従前と同じく国家最高の尊栄の地位に在すのであるから、此の点から見て憲法は其の第一章を旧憲法と同じく天皇の章として居るのである。

 

   第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は主権の存する日本国民の総意に基く。

 

 〔解 説天皇憲法上の地位

 本条は天皇憲法上の地位を概括的に規定したもので、(一)天皇は国家及国民統合の象徴であること、(二)天皇の地位は国民の総意に基くことの二点を定めて居る。(三)尚憲法には明記せられて居らぬが天皇は尚従前の如く君主としての尊貴の地位を有したまふや否や、我が国は尚正式に帝国と称し得るのであるや否やに付き論及する必要が有る。

 

 (一)日本国及日本国民統合の象徴 『天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴』であると定められて居る。「象徴」といふ語が法律語として法令の中に用ゐられたことは、嘗て其の例を見なかつた所であるが、其の語の本来の意義に於いては或る無形の精神的存在を有形の事物を以て表現し一般社会的認識に於いて之を以て其の精神的存在を形体的に現すものとして認むる場合に其の有形の事物を象徴と称するを例として居る。

 天皇が日本国の象徴であるといふことは、即ち天皇の御一身が日本の国家を表現し、国民が天皇を仰ぎ見ること尚国家の姿を見るが如くであるべきことを意味する。イギリス※1では其の版図が広く世界の各地に散在し而も其の版図たる愛爾蘭※2・加奈陀・南阿聯邦・濠洲・新西蘭等それぞれ別個の統治組織を為し統一的な政府に依り支配せられて居るのではなく、唯其の総てがイギリス国王を君主として居ることのみに依り其の統一が外形上に表現せられて居る為に、国王は屡イギリスの全版図の統一のシンボルであると言はれて居り、法律語としても一九三一年に各自治領代表者の会合の結果制定せられたウェストミニスター法の前文中には其の語を用ゐて居る。我が憲法天皇が日本国の象徴であると曰つて居るのは、之とは稍趣を異にし単に統一の象徴であるとして居るのではなく、国家それ自身の形体的の現れとして定めて居るのである。

 天皇が国家の象徴であると憲法に規定して居るのは、単に社会的感情的に国民が天皇を仰ぎ見ること国家の姿を見るが如くであるといふに止まるものではなく、憲法の正文を以て定められて居るのであるから、それは必然に法律的観念でなければならぬ。法律上に天皇が国家の象徴であるといふのは、如何なる意義であるかと言へば私は、天皇の御一身が形体的に国家を代表し、国民は法律上恰も国家に対する如くに御一身に対し尊崇敬愛の義務を負ふことを意味するものと解すべきであると信ずる。普通に国家を代表すると言へば、国家の意思を代表することを意味するのであるが、天皇は国家の意思を代表せらるるのではなく、天皇の御一身が国家の形体を代表し、国家の現れと見做さるるのである。国家の尊厳が有形的に天皇の御一身を通じて表現せられ、何人も其の尊厳を冒涜すべからざる義務を負ふのである。

 憲法には天皇が日本国の象徴であることの外に尚日本国民統合の象徴であることを重ねて明言して居る。日本国の象徴と日本国民統合の象徴とが如何に異つて居るかは十分明瞭ではないが、恐らくは天皇の御一身を以て国家を表現したまふと共に、国家の構成要素であり主権者である国民が多数の個人から成立つて居るに拘らず天皇の御一身に依り統合せられた一体として表現せらるることを意味するものと解すべきであらう。

 要するに憲法の趣意とする所は、国民が天皇の御一身を日本の国家の有形的な現れとして、及び全国民の統合せられた姿として仰ぎ見るべきことを法律上の義務として定むることに在る。

 

(二)皇位の淵源としての国民の総意 第一条後段には天皇の地位は主権者としての国民の総意に基くものであることを明言して居る。旧憲法に於いては皇位の基礎は超憲法的のもので憲法に依つて始めて其の地位が定められたのではなく、皇祖皇宗の肇国以来其の地位は既に確定して子孫に伝へられたものであると思考せられて居た。新憲法は此の如き神話的伝説を以て皇位の基礎と為す思想を排斥し、国民主権主義を宣言すると共に、皇位の基礎も亦民意に存することを声明して居るのである。新憲法に於ける天皇の地位は、超憲法的のものではなく、憲法に其の根拠を有するもので、而して憲法は国民が之を制定したのであるから、憲法に依つて定められて居る総ての地位は、必然に国民の総意に其の基礎を有するものでなければならぬ。天皇の地位も亦此の意味に於いて国民の総意に基くことは、事理の当然と謂ふべきである。国民主権を肯定する以上、それは当然として見るべきで、天皇の地位は神から授けられたものでもなければ、武力を以て国民を征服し自ら其の地位に即いたのでもなく、国民が天皇として仰ぎ奉るに因りその結果として天皇の地位が定まるのであつて、国民の総意が基礎であり、皇位は其の結果たるのである。

 

 (三)君主としての天皇の地位 旧憲法には、日本国は天皇の統治したまふ所で、一切の統治権は憲法に特別の制限あるものの外、天皇の総攬したまふことを国家組織の根柢と為し、之を以て我が国不変の国体と定めて居たのであつたが、新憲法は此の国体を覆し、僅少の例外を除くの外一切の統治大権を天皇から除き去つた。国家の統治権は総て国民に帰属し、国民から之を他の国家機関に委託するのであつて、天皇はもはや最高統治者たる地位に在すものではない。

 其の結果として、新憲法の下に於いても天皇は尚君主たる地位を保有したまふや否や、若し国の政体を君主政と共和政とに分つべしとすれば、我が国は君主政であるや共和政であるやの疑問を生ずる。

 それは法律上に「君主」の観念を如何に定むべきかの問題に帰するのであるが、若し旧時代からの伝統的学説の如くに、最高統治権者たることを君主の観念の要素であるとすれば、新憲法に於ける天皇は君主に非ずと為すの外は無い。

 併しながら近代に於いては、政治上に於ける民主主義の発達に伴ひ、法律上に君主政を取つて居る国でも、君主の統治の権限には重要な制限を加ふるものが多く、法律上に君主として待遇せられてゐて、而も最高統治権者でない者が必ずしも稀ならざるに至つた。其の結果は近代に於いては君主の観念を定むる標準として、統治の権能には重きを置かず、国法上及び国際法上に於ける栄誉権及び其の他の待遇に依つて其の観念を定めんとする学説を生ずるに至つた。而してそれは根拠ある説と謂ふべく、我が新憲法に於ける天皇憲法上の地位に付いても、亦此の説を考慮する必要が有る。

 我が新憲法には天皇の栄誉権に付き別に規定する所は無い。旧憲法第三条「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」の規定は削除せられて、之に代はるべき何等の規定も無いが、併し新憲法に於いても、天皇を国家の象徴として御一身を以て国家の尊厳を代表したまふものと定めて居り、出生に基づく血統上の権利として之を世襲したまふのであるから、共和国の大統領が国民の中から選ばれて其の地位に就くのとは異なり、生れながらに一般国民とは其の地位を異にしたまふのであり、而も国家の象徴として御一身上の尊厳に於いては旧憲法に比し何等変ずる所なく、其の敬称は陛下とし、外国の君主に対する文書の往復及び相互の呼称に於いても対等の地位に於いて応接したまひ、外国の大使公使を接受し及び儀式を行ふにも、君主として之に当らせらるることは憲法の当然予想して居る所と認むべく、要するに新憲法に於いても天皇に君主としての栄誉権を認むることは旧憲法と異なることなく、而してそれは単に国法上にのみならず、聯合国政府の認むる所であり、他日国交の回復するに至らば一般国際法上にも当然承認せらるべき所であつて、仮令天皇はもはや最高統治権者ではないにしても、尚君主としての地位を保有したまひ、何人も其の尊厳を冒涜することを得ないものと解すべきである。

 随つて又新憲法の下に於いても我が国は君主政の国家であつて共和国ではない。旧憲法が「大日本帝国憲法」と称してゐたのを新憲法は単に「日本国憲法」と称し、又旧憲法帝国議会を単に「国会」と称するに至つたのは、帝国といふ名称が動もすれば帝国主義、侵略主義を連想せしむる虞ある為であつて、敢て我が国が君主国たることを否定する趣意であると解すべきではない。

 

 

 ※1 ここでは、かつての英連邦(British Commonwealth)を指す。後に、連合王国の国王を元首としなくともコモンウェルスの長とを認めることを構成員の要件とする現在の英連邦(Commonwealth)となった。インド、南アフリカ共和国がその例である。

 ※2 アイルランドは一九四九年に英連邦を離脱した。

 

 本文は美濃部達吉著『新憲法逐条解説』による。