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一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

【憲法小論】自民党や産経的ではない、第二の改憲論


【自論抗論】1復元的改憲論から見た日本国憲法第九条

 

 憲法改正に付いては、大きく三つの立場がある。

 第一に「憲法を一字も変えるな」という護憲派、第二に「時代の変化に合わせて憲法も変えよう」という改憲派、第三に「そもそも日本国憲法は無効であるから、帝国憲法を復元改正しよう」という無効論がある。ただ、無効論は余り取り上げられることがないため、護憲派改憲派の間での議論が中心となっている。

 

 元来私は無効論であったが、数年前から改憲派に転向した。とはいえ、原理原則に従えば、日本国憲法は帝国憲法第七三条に違反しているために当然に無効である、という見方は変わらない。

 しかし現実には、帝国憲法を復元改正すべきだと主張した所で、国民が付いて来ない。仮令日本国憲法が帝国憲法違反であったとしても、施行から70年が経ち、普く憲法典として認識されている以上、改正すべき憲法典は、日本国憲法しかない。

 随って日本国憲法を帝国憲法に寄せて改正することで、目的を達成しよう、戦後レジームから脱却しようと考えるに至った。

 

 そこで先の改憲派とは異なる第二の改憲派を分ける必要がある。

 先の改憲派とは日本国憲法」の精神で日本国憲法を改正しようとする護憲的改憲、第二の改憲派とは帝国憲法の精神で日本国憲法を改正しようとする復元的改憲である。前者は飽く迄も日本国憲法の精神、即ち戦後レジームを守ろうとするのに対し、後者は本来の日本の姿を取り戻し現実に即した憲法典に改めようとするものをいう。この復元的改憲論は保守的でありながら護憲的改憲論よりも自由で且つ現実的である。

 

  例えば日本国憲法第九条に関して、護憲的改憲論の代表である自民党草案を見ると、第九条は現行法の一般的な解釈を明文化したに過ぎない。

 第九条の二では「国防軍」の最高指揮権者は内閣総理大臣と定めている。しかし一般に軍隊の最高指揮権者は国家元首であるから、わが国では天皇が就くべきである内閣総理大臣は行政機関の長であるから、国防軍」とは、現在の自衛隊と同様に行政機関でしかないことになる

 

 何より軍隊が軍隊として活動する為には、第一に行動規範がネガティブリスト方式であること、第二に軍法会議が設置されていることが必要である。

 第一の行動規範に付いては、「国防軍」は行政機関であるから、自衛隊と同じくポジティブリスト方式となると思われる。第二の軍法会議とは、通常裁判所に属さない特別裁判所の一種であるが、草案第七十六条第二項でその設置を禁じている。随って第九条の二第五項に定める審判所は軍法会議とはなり得ない

 以上より、自民党草案における「国防軍」は、軍隊として活動することが出来ず、自衛隊同様「軍隊のような武器を持つ警察」の域を出ない

 

 一方で復元的改憲論に立てば(といっても現時点での私の試案に過ぎないが)、まず第九条を削除する侵略戦争を抛棄することは、敢えて条文に書くことではなく、前文にでも書いて置けばよい。自衛権を固有することも亦条文に書く迄もなく国家の権利として当然に認められるものである。何より軍隊を設置するには第二項を削除しなければならない。

 

 最高指揮権については、現行第六条に第三項を追加し、自衛隊法でいう統合幕僚長親任官とすることで足りる。

 第六条で天皇内閣総理大臣及び最高裁判所長官を任命するとあるのは、天皇がこれらを任命し得る地位に在る、即ち上級機関であることを意味する。つまり、日本国憲法においても、天皇統治権の総攬者であることを暗に示している。同様に統合幕僚長天皇が任命することは、天皇が大元帥として最高指揮権を有することを暗に示すことになる。

 

 最高指揮権を内閣総理大臣ではなく天皇の権能とすることで、自衛隊は行政機関ではなくなる。随ってその行動規範にはポジティブリスト方式ではなく、ネガティブリスト方式を採用することが出来る

 そして第七十六条第二項を削除し、特別裁判所を認め、軍法会議の設置を可能にする

 ここまで日本国憲法を改正して、初めて自衛隊は法律上軍隊として活動することが出来るようになる。

 

 

 自民党草案、産経新聞の「国民の憲法」等の護憲的改憲論は、日本国憲法が掲げる「帝国憲法を破壊する革命」をより深化させるものである。

 無効論は現時点では通用しない。しかし、改憲によって帝国憲法に近づけることは出来そうである。だから私は、復元的改憲論に転向した。