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国家とは何だろうか

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

鍛冶俊樹『戦争の常識』(文春新書)を読む。⑥軍隊と政府の関係、クーデターと自衛隊

読書メモ

 他の組織とは一線を画する特別な地位に在る軍隊と、統治権を具体的に行使する政府との関係は、どのようなものだろうか。

 

戦争の常識 (文春新書)

戦争の常識 (文春新書)

 

 

 「軍隊が政府に服従するのは建前上当然であり、その意味では政治と軍事の上下関係は明らかである。ところが実際には、こうした上下関係では割り切れない微妙な関係が存在する。このいわゆる政軍関係は歴史上の事件の随所に顔を出す、いわば永遠の軍事問題であり政治問題だと言ってもよい」(p57)

 

 帝国憲法について美濃部達吉は、これを「兵政分離主義」と表現した。

 

 「軍の行動に関して軍事の知識に乏しい文官の指揮監督を受けしむることは、不当に軍の行動を制肘し、その戦闘力を弱くするの虞を免れない。軍隊をして完全にその戦闘力を発揮せしむる為には、軍事専門家に信頼して、その完全なる自由に一任し、局外よりは之に容喙しないのが必要である。わが国法が兵政分離の主義を取つて居るのは、斯かる見地に基いて居るもので、国政の統一と責任政治の原則とに多少の犠牲を払つても、尚兵力を強からしめんと欲することに、その目的を有つて居る」(美濃部達吉『逐条憲法精義』。旧字体を新字体に改めた外は原文のまま。)

 

 議院内閣政治、立憲政治は国家が存立して初めて実現する。戦争に敗北し、政体を変更させられては元も子もない。現に我国は、大権中心主義から国会中心主義への変更を余儀なくされた。國體を守るためには、多少立憲政治を犠牲にしなければならない時がある。

 日本国憲法下では、自衛隊は行政機関でしかないから、防衛省の附属機関として完全に政府に服従している。現に、軍事オタクである石破元国務大臣も「自衛隊がクーデターを起こさないよう監視する必要がある」旨の発言をしていた。あくまでも内閣>防衛省自衛隊という構図は崩さない。これでは永遠に自衛隊は軍隊として活動できない。

 

 ところで、クーデターとは「具体的には政府に対して軍隊が反乱を起こすこと」(p58)をいう。

 

 「たとえば1999年10月12日にパキスタンでクーデターが起きた。首相官邸を軍が包囲し、当時の首相のシャリフを拘束したのだ。首謀者は陸軍参謀総長ムシャラフで、実はこの日首相から参謀総長の職の解任を申し渡されたのだった。これが引き金となってクーデターに至ったわけだが、このムシャラフが現パキスタン大統領であることは申し添えるまでもない。

 この日、軍は首相官邸のみならず主要施設を占拠しているが、それに伴う流血は無かったという。10月15日にはパキスタン全土に非常事態を宣言し、憲法を停止し、国会も休会となり全土に軍政が敷かれるに至った。」(p58-59)

 

 「ムシャラフは2001年6月には形ばかりだったタラル大統領を解任し、陸軍参謀総長のまま、自ら大統領に就任した。2002年4月には国民投票を実施し投票率70%以上、98%の支持を得て5年間の大統領の任期延長を決めた。11月には憲法の復活を宣言し民政復帰を果たしている。

 この間、アフガニスタン戦争で米国に協力したこともあって、制裁は解除され経済支援まで受けられるようになったから、クーデターはまさに成功したと言っていいだろう」(p59)

 

 「ムシャラフがクーデターを起こしたとき、非常事態を宣言し憲法を停止し軍政を敷いているが、これは事実上戒厳令を施行したことに他ならない

 戒厳令(martial law)とは非常の措置として軍が国家の全部又は一部を直接支配する命令を指す。この状況においては議会は休止し、行政府と裁判所は軍の命令を受けることになる。戒厳令はクーデターの際だけに出されるものではない。非常事態宣言の最も厳しい形であり、秩序回復のための国家の最後の手段とも言える」(同)

 

 クーデターが失敗した例としては、我国の「二・ニ六事件」が挙げられる。

 政党政治の腐敗に憤った陸軍の青年将校が、指揮下の歩兵連隊を率いて政府の閣僚を殺害、主要官庁を占拠しクーデターを断行しようとした。これに対し昭和天皇戒厳令を布告、クーデターを鎮圧した。

 

 帝国憲法下での天皇は大元帥、軍の最高指揮権者であったから、政府が機能しなくても戒厳令を布告することができた。翻って日本国憲法下で自衛隊の最高指揮権者は内閣総理大臣である。もし同じ事件が起こった場合、一体誰がクーデターを鎮圧できるのか。

 護憲派、護憲的改憲派はこの点をどう考えるのか。現行法に於て、国防上の必要があれば自衛隊がクーデターを起こさざるを得ない状況になることは、有り得ないことではない。その時、一体誰が「軍部の暴走」を止めるのか。まさか「主権者」たる国民とでも言うのではあるまいか。護憲派なら本気で言いだしそうだ。

 

 では憲法をどう改正すればよいのかについては、前回の記事の最後と「復元的改憲論」に書いたので、そちらを見てほしい。

 

ichijokanji.hatenablog.com

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