一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

徴兵制、志願兵制の違い

(最終更新:2017/12/4)

  

 憲法改正で徴兵制が復活するのか。

 そもそも徴兵制とは何か、志願兵制とは何が違うのか。

 

 

 徴兵制か、志願兵制か

 

 米国では南北戦争で初めて徴兵制が採用され、第一次世界大戦でも採用、第二次世界大戦でも採用されたが戦後もそのまま継続し、1970年代ベトナム戦争の終了で廃止となっている。

 1980年代には徴兵登録制と言って、万一のときに直ちに徴兵できるように徴兵対象者を政府が事前登録しておく制度が実施され、現在に至っている。

 つまり徴兵制は幾度も廃止と復活を繰り返しているのだが、この間憲法を修正しているわけではない。

 そもそも徴兵の規定は米国憲法に明文化されていない。米国は憲法の規定なしに米国民を徴兵していたのである(鍛冶俊樹『戦争の常識』p86-87)

 

 アメリカでは、徴兵制は憲法で論ずべき問題ではない。その時々の政策判断によって、廃止と復活を繰り返している。

 

 これは別段驚くべき事ではない。フランスは1990年代まで徴兵制を続けていたが、やはり憲法に徴兵の規定はなかったのである。もちろん憲法に徴兵制が明文化されている国も多い。ドイツ、ロシア、韓国、中国、イタリア等々。この中でイタリアなどは憲法の規定は変えることなく志願兵制に移行している。従って憲法上は徴兵制をいつでも復活できるわけである。(同p87)

 

 米仏もそもそも徴兵制が憲法ではなく一般法で規定されていた以上、一般法を新たに制定しさえすれば徴兵制はいつでも復活するのである。(同同)

 

 帝国憲法にも徴兵制の定めは無かった。徴兵令(明治6年)と、これを全面改正した兵役法(昭和2年)によって定められていた。

 

 こうして見ると志願兵制に移行した国も、徴兵制が廃止されたと言うより停止していると言った方が正確かも知れない。決して徴兵制と志願兵制が対立しているわけではないことがこれでお分かりいただけよう。(同同)

 

 徴兵制か志願兵制かは、政策判断でしかない。もし「憲法改正」によって徴兵制が認めらることになったとしても、法律で、即ち国会がその必要性や範囲を定めることになる。

 

  

 徴兵制への誤解

 

 徴兵制についても誤解があるようだ。徴兵だからと言って、誰も彼も兵隊に取るわけではない。日本でも徴兵制は実施されていたが、そこには徴兵猶予という措置があった。昭和初期すなわち1925年から1935年ぐらいまでは軍縮期でもあり、諸事情を考慮して徴兵されない場合が多かった。学生まで徴兵するようになったのは太平洋戦争中盤の1943年からである。

 米国でも学生は徴兵免除だったし、学生以外でも諸事情で徴兵免除となる例が多かった。また現在の各国では、選択的徴兵制と言って、徴兵対象者の中から当人の希望や技能その他の事情を考慮して徴兵する場合も少なくない。こうなると志願兵制と大差ないことになる。(同p89)

 

 また、こういう視点もある。

 

 日本では徴兵制というと非民主的に捉えられがちだが、フランスではむしろ逆である。王侯貴族や傭兵の独占物だった軍隊を広く一般市民に開放したのが徴兵制だと考えられている。

 従って軍人を職業化するということは、軍隊を再び一部のエリートの独占物にしかねない危険な試みだと批判されることになる(同p92)

 

 日本でも、軍事は武士の特権であった。政府が国民皆兵を目指すことは、武士(士族)の特権を奪うことでもあり、西南戦争に至るまでの抵抗が起こるほどだった。徴兵制を採用する方がリベラルだ、というフランスの考え方は面白い。

 

 

 ▼引用図書 

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