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一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

美濃部達吉『憲法講話』 2.国家は一つの団体である

 ▼前回

 美濃部達吉『憲法講話』 1.国家の本質 - 一条寛治のブログ

 

 「第一に国家は一の団体である。団体とは、簡単に言へば、共同の目的を以てする多数人の結合なりといふことが出来ます。単に多数人の集りが常に団体であるといふのではなく、或る共同の目的があつて多数の人が一致協力して其の合同的の力に依つて其の目的を達しようとする場合にのみ之を団体といふことが出来るのであります美濃部達吉憲法講話』大正7年、p8)

 

 「団体の共同目的は固より団体に属して居る各個人の目的ではあるけれども、各個人が各自独立に其の目的を達しようとするのではなく、団体共同の力に依つて之を達しようとするのであるから、吾々の普通思想に於ては団体そのものを恰も生存力を有つて居る活物の如く見做し、団体そのものが或る目的を有つて居るものとして考へるのであります。例へば或る事業の為に会社を設立するとすれば、其の事業は会社自身の目的であると看做されるし、或る政党が作られるとすれば、其の政党が或る一定の目的を以て活動して居るものと看做されるのである。其の結果として又其の共同目的を達するが為にする活動は凡て団体自身の活動と看做される。其の活動は固より各個人が之を為すのであるけれども、各個人が自己の独立の目的の為に之を為すのではなく、団体の共同目的の為に之を為すのであるから、吾々の普通思想に於て其の活動自身が団体に属し団体が自ら活動するものと看做すのであります。即ち会社が営利事業を営んで居るといひ、政党が政綱を発表するといふやうに、団体其れ自身に活動力があり、意思を有つて居るものと看做すのであります(同p9-10)

 

 「総ての団体は此の如く共同の目的を有し随て又活動力を有つて居るものでありますが、併ながら実際に其の活動を為す者は固より各個人でなければならぬ。団体に属して居る各個人が団体の共同目的の為に働き、其の活動が団体自身の活動と看做さるゝのであつて、此の如く団体の為に働く所の人を団体の機関と申します此の如き機関は総ての団体が必ず皆之を備へて居るべきもので、苟も団体たる以上は如何に薄弱な如何に小さな団体と雖も、必ず機関の無いものは無い。恰も人間にも頭脳を初として、呼吸機、消化機、血行機、手足、耳口などいふやうな各種の機関が有つて、各々一定の職分を有つて居り、人間の活動は凡て此等の機関に依つて行はるゝのと同じやうに、総ての団体にも又必ず団体の機関が有つて、其等の機関が各々一定の職分を有つて団体の為に活動し、其の活動が団体の活動となるのであります。

 以上は総ての団体に共通の性質を述べたので、即ち団体には必ず一定の目的があり其の目的を達するが為めの活動力即ち意思力があり、其の活動を為す所の機関がある。国家も亦此の如き団体の一種類であるから随て又凡て此等の性質を備へたものでなければならぬことは勿論であります(同p10-11)

 

 「国家の此の如き性質を言ひ表はす為に又国家は一の有機体であると申すことがあります。国家が有機体であるといふのは畢竟国家が団体であるといふのと同じ意味に帰するので、即ち国家が恰も人間其の他の有機体の如く生活力を有して絶えず生長発達し、或は元気の盛なこともあれば、或は老衰することもあり、各種の機関を備へて、其の機関に依つて活動するものであることを言ひ表はすものに外ならぬのであります(同p11)

 

 美濃部は『憲法撮要 第三版』において、国家の目的として「自存の目的」(防衛と財政)、「治安の目的」(警察と刑罰制度)、「法政の目的」(民事司法)、「文化の目的」(所謂行政サービス)、「世界的の目的」(国際協調)を挙げているが、詰まる所「広く人類の生活を幸福なからしめんこと(『憲法講話』大正7年、p13)としている。

 各時代、各地域の人々は、各々の生命、財産を守るために共同して国家を建て、外敵の侵攻から国土を守り、立法と執行によってより「生活を幸福なからしめ」ようとするのである。

 国家の機関には種々あるが、日本のような立憲君主国には次のような機関と関係性がある。

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 国会が法律案を決議し君主がこれを裁可・公布すること、この法律を内閣や裁判所が解釈し執行することは、具体的には各機関の行為であるが、いずれも国家の行為として看做される。すなわち、国家が法律を作り、国家がこれを公布し、国家がこれを解釈し運用していると見做される。

 条約については君主の名で締結されたとしても、君主が個人的に契約を結ぶのではない。君主という機関の意思を、国家の意思と看做すのである。例えば「戦争抛棄ニ関スル条約」(昭和4年)には白耳義国皇帝陛下、「グレート、ブリテン」「アイルランド」及「グレート、ブリテン」海外領土皇帝印度皇帝陛下等の君主の名で署名しているが、これはベルギー、英国の君主が個人的に結んだ契約ではなく、ベルギー、英国が国家として署名したのである。同条約における日本国皇帝陛下も同様である。