一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

鎌倉~室町時代の地政学と、現代

 元寇倭寇の話。

 

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 (画像引用元:鷹島神崎遺跡 | 松浦市の観光情報サイト「松恋」

 

 「1231年、モンゴル軍は高麗に侵攻。1259年に高麗は服属し、1274年、モンゴル・高麗が連合したモンゴル帝国軍(元軍)は軍船900、兵力2万数千で対馬壱岐両島を占領して、九州の博多に上陸した。日本軍は苦戦し大宰府まで退却したが、損害を被った元軍もいったん軍船に引き揚げたところ、暴風雨に見舞われ退散した。

 1279年、元(モンゴル帝国)は宋を滅ぼし、1281年、再び日本に侵攻した。朝鮮半島からと中国本土からの2つの経路で軍船約4000隻、兵力約14万の大軍で博多湾に迫った。

 日本は再来に備え、博多湾に20キロにわたり石塁を築いており、戦法を良く研究して対処したから、元軍は上陸できず、再度暴風雨に襲われて壊滅した(鍛冶俊樹『領土の常識』p201-202)

 

 もし朝鮮半島北朝鮮主導で統一され、もし中朝連合軍が九州、沖縄、台湾へ侵攻することがあれば・・・形の上では元寇と類似する。もちろん戦闘機やミサイルが主力で、いきなり上陸を目指すことはないだろうが、日本国内には多くの中国(支那)・朝鮮人が居り、中央政府の命令一下で行動することが出来る。義務付けられていると言うのが正確だろうか。

 そうなれば暴風雨程度ではどうしようもない。外国人政策の見直しを急ぐべきだ。

 

 「元はその後も日本侵略を諦めなかったため、鎌倉幕府は国防体制を長期にわたって強化せざるを得なくなり、その負担が重なって最終的に滅亡した。これは渤海国のような同盟国を大陸に持っていた方が国防上有利であることを示している(同p203)

 

 我国への侵略意図を露骨に示している国がある。これに対し、政府は「国防体制を長期にわたって強化せざるを得な」いが、日本一国では負担が重すぎるためにアメリカと安保条約を結んでいる。

 ところで「渤海国のような同盟国を大陸に持っていた方が国防上有利である」というのは、日本と渤海新羅を封じ、さらに唐と結んで三国同盟による方が、日本の安全にとって、政治的にも経済的にも有利であるということである。

 では中国(中華人民共和国)に対してはどうだろうか。

 

 北虜南倭(ほくりょなんわ)という言葉がある。

 

 「『北虜南倭』とは、漢民族を脅かす最大の敵は、北方騎馬民族のモンゴル(北虜)と、東シナ海の無国籍海賊集団である倭寇(南倭)である、という明代に生まれた言葉です(茂木誠『世界史で学べ!地政学』p54)

 

 「アヘン戦争に続き、アロー戦争(1856 - 60)でも大敗した清朝は、英・仏連合軍に首都北京を占領されます。これに乗じたロシア軍は南下し、アムール川の北岸とウスリー江以東の併合を清朝に認めさせます(アイグン条約、北京条約)。北虜南倭の「北虜」がロシア軍に、「南倭」が英・仏軍に代わったのです(同p63)

 

 「1990年代以降の中国は、史上はじめて北方の脅威から解放され、海洋進出の余力が生まれたのです。米国も金融危機の後遺症で国力が衰退し、東アジアから米軍を撤収せよ、という声も出はじめています。背後のロシアがおとなしくなり、日本の保護者だった米国も引いていく。ならば、東アジアの海はわが中国のものだ、と。対日政策を『友好』から『恫喝』に大転換した根本原因は、ここにあります。

 日本がこれに対抗するには、自衛力の増強はもちろん、米軍のプレゼンスを維持し、ロシアを再強化するしかありません。もとの「北虜南倭」状態に戻せばいいのです(同p73)

 

 まず自衛隊を「軍隊のような警察」から脱皮させ、名実ともに日本軍とする。そして朝鮮半島を塞ぐために日米韓で共同し、中国(中共)を封じるためにロシアと結ぶ。

 もちろんスパイ防止法やテロ対策、当然憲法改正も必要になってくる。