一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

日本はまだ、自然災害と国防への意識が足りない

 「なぜ津波の深刻な想定をしなかったのか?それは津波が外部からの攻撃に他ならないからだ。外部からの攻撃を想定すればテロについても当然想定しなくてはならなくなる。航空機が突っ込んで来る場合も想定しなくてはならず、ミサイルが飛んで来ることも考えなくてはならない。つまり戦争を想定しなくてはならなくなる(鍛冶俊樹『国防の常識』p56)

 

 「今の日本では戦争を想定してはいけない事になっている。日本国憲法』により日本は戦争を放棄した事になっており・・・戦争を想起させるような深刻な事態を想定する事ができなくなったのである。つまり日本は戦争の想定を避けたが故に、核戦争に見舞われたような被害を避けられなかったのである(同同)

 

 「実は国民を防衛しようという国家意志は戦争からしか生まれない。何故なら戦争は国家の意志の発動だからである。

 本来、防災は防衛の一部である。防災は英語で “Civil Defense” 直訳すれば市民防衛あるいは民間防衛であろう。つまり市民ひとりひとりを守る事を意味する。この概念は、第1次世界大戦から生まれたものだ。この戦争では航空機が史上初めて使用され、爆弾を敵都市に投下し市民を無差別攻撃した。それに対する防衛策を市民防衛と称した訳だ。

 つまり空襲への対処だが、考えて見れば自然災害も市民に対する無差別攻撃に他ならない。市民ひとりひとりを守らなければならないという意識はここから生まれたのである(同p57-58)

 

 「災害から国民を守る事は、国防の一環なのだ(同p59)

 

 

 「米国の危機管理用のコンピュータはシミュレーションで原発事故が起きる事を震災直後に予見したという。また米軍は日本の原発のテロ対策が不十分である事を以前から認識していた(同p61-63)

 

 「そこで空母レーガンは急遽、演習を中止して日本に向かい沖縄の海兵隊が震災地に投入されるに至ったのである。彼らは武装解除しておらず、従って北朝鮮がテロ攻撃を仕掛けてくれば全面的に立ち向かう覚悟であった。

 北朝鮮金正日ミャンマーの首都ヤンゴン爆破事件(1983年)、大韓航空機爆破事件(1987年)を遂行した人物で、テロ作戦に強い関心を持っていたに違いないが、米軍が日本の震災対処に全面介入したのを見ては、さすがに作戦を諦めざるを得なかっただろう。

 陸自隊員の大半は非武装で作業をしていたわけだから、日本を原発テロから救ったのはまぎれもなくアメリカ軍であった(同p63)

 

 ▼引用図書 

国防の常識 (角川oneテーマ21)

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