一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

地方自治の目的と立憲政治

  地方自治の目的は「自治制度の実施が立憲制度の基礎として欠くべからざるものであるとする点にある美濃部達吉憲法講話 大正7年』p326) 

 

 若し地方自治なくして単に立憲制度を行ふならば、国の政治は唯多数党の圧制に終つて了(同同)い、「地方行政に付いても専ら中央政府の指揮命令の下に行はしむるならば、地方の公共の利益が専ら中央政府の意志に依つて左右せられて、随て中央政府の政策に依つて地方の利益が犠牲に供せらるゝと云ふことが屡有り得る(同同)

 

 「地方自治制度は此等の弊を除かんが為に、地方行政をして或る程度にまで中央政府の干渉の外に立たしめようとするのであります。即ち地方的の利害に関する行政事務は成るべく之を其の地方の人民の自治に任かせて、中央政府は唯其の大体を監督するに止め、一々之に干渉を加へないのであります(同p327)

 

 地方行政については地方自治法地方公務員法地方財政法等々、中央政府は大体の「組織及び運営に関する事項」(日本国憲法第92条)を定めるにとどめ、「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねること」(地方自治法第1条の2)としている。

 

 

 「自治制度の第二の理由としては、地方人民をして政治に習熟せしめて政治上の責任を自覚せしむるといふことに在ります。立憲政治は平民政治であります、それが円満に行はれるためには、人民の政治思想が発達して人民が自ら政治上の責任を自覚すると云ふことが、欠くべからざる必要であります(同同)

 

 人民をして政治上の自覚心を起させる為には地方人民をして其の地方限りの行政を自ら行はしむるに如くものはないと云ふのが、自治制度の設けられた第二の重なる原因であります(同同)

 

 立憲政治の下では、「政治が悪いのは政府のみが悪いのでなくして、国民も自ら其の責の幾分かを負はねばならぬのである。国民は国会を通じて自ら政治に与かる者であつて、国会が政治に与かるのは即ち国民が政治に与かるのに外ならぬのであ(同p62)る。これを「国民自治ノ精神美濃部達吉『改訂 憲法撮要』p58)とすれば、地方団体には「住民自治の精神」があり、地方の政治が悪いのは住民もその責の幾分かを負わなければならない。「地方自治は民主主義の学校である」とは、これを端的に表している。

 地方自治が二元代表制と言われるのは、首長と議会という、住民を代表する二つの機関が独立に存在しているからである。住民は、首長や議員を選んだ責任を負わなければならない。その習練は必ず国の政治に生かされるはずである。

 

 要するに自治制の本旨とする所は地方の人民をして中央政府の指揮命令に依らないで、独立に自分達で其の地方限りの行政を行はしむることにあるのであります。固より全く地方の自治に放任して中央政府は少しも之に干渉しないといふことは出来ませぬ、或る程度に於て之を監督することは勿論必要でありますが、国家の秩序を紊し、国家の利益を害しない限りは、成るべく中央政府は是に干渉を試みないといふのが自治制の本旨であります美濃部達吉憲法講話 大正7年』p327-328)

 

 国政上の問題を以て地方の選挙を論ずるのは全く誤りである。中央政府への批判を地方の選挙で行うのは、地方自治の目的を理解していない証拠である。