一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

天皇は君主であり、元首である

 「君主の観念の要素が何に在るかは、単に理論の問題ではなく、一般に君主政と認められて居る諸国の実際に付いて考察せねばならぬ問題である。而して実際に君主政に於ける君主と共和政に於ける大統領との区別が何に在るかを観察すると、それは権能の相違に在るのではなくして身分の相違に在ることが知られ得る。

 統治の権能から言へば君主と大統領との間に判然たる区別を求むることは不可能である。両者の区別の存する所以は一に大統領は国民の中から選ばるるもので、其の身分に於いては一般国民と対等の地位に在り其の公職を去ると共に再び単純な国民の一員たるものであるのに反して、君主は血統に基づいて其の地位に就き、其の身分に於いて国民とは区別せられ、一般国民の有することを得ない特別の栄誉権を国法上及び国際法上に認められて居ることに在る。

 勿論君主たるが為には或る限度に於いて統治の権能を有することは欠くべからざる必要で、若し全然統治権に関係の無い者であれば君主たることを得ないことは言ふまでもないが、最高の統治権者であることは必ずしも要件ではなく、唯其の地位が身分上の権利に基づくもので身分上国民と区別せられて居ることが其の観念の要素を為すものと見るべきである美濃部達吉日本国憲法原論 補訂』p197-198、改行は引用者)

 

 「我が新憲法に於ける天皇の地位に付いて見ると、最高統治権者たることの地位は失はれたのであるが、尚国会を召集し、衆議院を解散し、内閣総理大臣及び最高裁判所の長官を任命する等国会内閣裁判所の上に立つて之に命令する行為を行はせらるる権能を保有せられて居り、而も其の地位は血統に基づく権利として世襲せらるるのであり、御一身に於いては国家の象徴として国家の尊厳を表現したまふ無比の尊栄の地位を有せらるるのであるから、国民の中から選ばるる大統領とは全く其の地位を異にするもので、依然君主たる地位を保有したまふものと見るべく、新憲法国民主権主義を基調と為せるに拘らず、日本の政体は依然君主政であり共和政に転じたものと見るべきではない(同p198)

 

 

 「国の元首といふ語は・・・西洋の通用語としては、君主の外に共和国の大統領にも用ゐられて居る。それは、大統領も、自己の固有の権能としてゞはなく、国民の名に於いてするものとは言ひながらも、尚君主と同じく、外に向つて国家を代表し、国民に向つても統治を行ふの権能を有するものであるからである。要するに『天皇ハ国ノ元首』なりといふ語は、正確なる法律上の観念を言ひ表はしたものではなく、唯天皇は御一身を以て国家を代表し、国家の活動を統率したまふ地位に在ますことを言ひ表はすものと解して大過は無い美濃部達吉『逐条憲法精義』p122-123) 

 

 現行憲法では、天皇の統治大権は「僅に限られた若干の形式的行為を其の機能として存したに止ま美濃部達吉日本国憲法原論』p193)るが、上述のように「国会を召集し、衆議院を解散し、内閣総理大臣及び最高裁判所の長官を任命する等国会内閣裁判所の上に立つて之に命令する行為を行はせらるる権能を保有せられて居」る。勿論内閣の助言と承認を必要とするが、それは天皇が君主であることに由来し、当然に天皇が元首として行使すべき権能であるからである。

 

 従って、現行憲法においても帝国憲法と同様、天皇は我国の君主であり元首であると言えるのである。