一条寛治のブログ

日本憲法と安全保障について考えるブログです。

戦争抛棄と軍備撤廃の意味

 「国と国との間に平和を維持し戦争の起こることを防がうとする企は、従来も列国の間に屡熱心に試みられた所で、第一次世界大戦の後大正八年に成立した国際聯盟規約に於いて既に締約国は戦争に訴へざる義務を受諾して居り、更に昭和四年に諸強国間に締結せられた不戦条約に於いては一層厳粛に締約国が国家の政策の手段としての戦争を抛棄する旨を宣言した美濃部達吉日本国憲法原論 補訂』p201)

 

 「国内法としての諸国の憲法に於いても侵略的の戦争は之を行はない旨を規定して居る例は、必ずしも稀ではない(同同)

 

 「併しながら、如何に条約を以て戦争に訴へないことを約したとしても、苟も世界の列国が各々軍備を保有して居る以上は、各国が其の条約を確守して破ることの無いことを保障すべき手段なく、而して若し他国が事実上に武力を以て攻撃に出づることが有るとすれば、我も亦武力を以て之に対抗することは、国家の生存を保つが為に避くべからざる所で、若し之をも禁止するならばそれは国家の生存を抛棄せしむるにも等しい。それであるから、何れの国の憲法でも侵略的の戦争又は国策の手段としての戦争を行はない旨を規定して居るとしても、自衛的の戦争の権利をまでも抛棄する旨を規定して居る例は全く之を見ない(同p202)

 

 「独り我が国はポツダム宣言受諾の結果、一切の軍備を撤廃し戦争遂行能力は完全に破砕せらるることとなつたのであるから、防禦的の戦争すらも事実上に不可能となり、我が将来の国是としては欲すると欲せざるとを問はず徹底的な平和主義を以て一貫するの外なきに至つたのであつて、嘗て他国に類の無い絶対的の戦争抛棄を宣言することとなつたのである(同同)

 

 「何等の留保も無く無条件に戦争を抛棄したのであるから、万一外国から侵撃を受けた場合にも自衛的戦争の途なく徒に滅亡を待つの外ないこととなるやうであるが、それは他日完全な独立を回復し得た後に考慮せらるべき問題で、其の時までは『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して』国の生存を保持するの外は無い(同p203)

 

 現在もなお日本国憲法を改めず、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」軍隊の保有を放棄しているのであるから、我国は未だに「独立を回復し得た」とは言えないことになる。

 

 「ポツダム宣言は日本が一切の軍備を解消し其の戦争遂行能力の完全に破砕せらるべきことを降伏の条件として居るのであるから、之を受諾した日本が憲法上に陸海空軍其の他の戦力を保持しない旨を言明して居るのも、已むを得ないものと認むるの外は無い(同同)

 

 「戦力が全く失はれたのであるから交戦の権利も認められないのは当然で、仮令外国から侵撃を受くることが有つたとしても之と戦争を交ふる権利は全く存しないのである(同p203-204)

 

 政府は、「わが国の自衛権が否定されない以上、その行使を裏づける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法上認められると解して防衛省・自衛隊HP「憲法と自衛隊」おり、「わが国は、憲法のもと、専守防衛をわが国の防衛の基本的な方針として実力組織としての自衛隊を保持し、その整備を推進し、運用を図って(同)いるという。

 しかし自衛隊は軍隊ではない。あくまで他国の軍事力を押し止めるだけの警察組織でしかない。自衛戦争をすることも敵基地を攻撃することも一切出来ない。専守防衛の壁を突破されるまでただ耐えることしか出来ない。それが「戦争抛棄と軍備撤廃」の現実だろう。