一条寛治のブログ

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衆院解散に思う、二大政党制と選挙制度

(最終更新日:2018/3/14)

 

 二大政党制は日本に馴染まない

 英国では、貴族とブルジョア、貴族ブルジョア連合と労働者との対立が二大政党制を生んだ。米国では奴隷制度の存続か廃止かで国論を二分し、二大政党制となった。

 

 一方日本では厳しい階級対立や、国論を二分するような争点が存在しない。つまり二大政党制を採るような土壌が無いのである。

 

 

 政治の争点は明確ではない

 選挙の争点は国民の中にある。景気回復なのか、社会保障なのか、教育なのか、安全保障なのか、一つに絞れるはずがない。

 

 最近の選挙では、ある争点の是非を問うているが、それは政党の都合であって国民の都合を考えていない。郵政民営化なのか、政権交代なのか、アベノミクスなのか、消費増税なのか、その時々の選挙における個々の国民にとっての争点はそれだけではない。

 

 そもそも政権交代は結果であって争点たりえない。

 

 今回の解散には「大義がない」「争点がない」と言われるが、無くて構わない。解散がこのタイミングは、今なら与党が勝てると判断したからである。来年は選挙どころではなくなっているかもしれないから、とも考えられる。

 

 

 選挙制度も見直すべき

 選挙の争点は、国民一人々々の中にあり、各候補者、各党の政見を聞き比べ、自らの判断に従い投票するのである。

 

 だから小選挙区制では駄目なのだ。国民の中にある多様な争点に応えられない。政党の幟(のぼり)を比べて判断するしかなく、しかも国民のおよそ半分が無党派層であり、消去法で投票する人も多い。

 

 二大政党制が定着し得ない以上、中選挙区制に戻すべきだ。一人一票なのか、定数全部(定数が5なら5人)に投票するのか、定数分(定数が5なら5票)の投票が出来るのかは議論すべきだ。

 中選挙区制なら、一般的に票にならないとされる外交、安保に専門的な候補者であっても、当選することができる。地元に利益を誘導することが求められる小選挙区制では見向きもされなくても、中選挙区制ならば同じ問題意識を持つ有権者に訴えることが出来るからだ。勿論、農水や教育等の専門家であっても同じことが言える。

 このような専門家は「族議員」と呼ばれるが、族議員だからこそ実情を反映した議論が出来る。何より、官僚に言い包められないだけの知識と経験がある。

 政党の幟さえ掲げていれば当選出来る現行制度よりも、中選挙区制にする方が、より「民意」に近付くのではないだろうか。