一条寛治のブログ

憲法と国防について考えるブログです。

千島海溝は、地震多発地帯である

  道東に住んでいると、千島海溝に沿って地震がよく起こることは身を以て知っている。私自身も釧路沖地震(平成5年、M7.5)、平成15年十勝沖地震(M8.0)などを経験している。特に後者は明け方で布団の中にいたが、「ああ、人間死ぬ時はこんなもんか」と考えていたのを覚えている。

 

 そして今日、千島海溝で巨大地震の可能性があると発表された。

 

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 ところで、歴史的に見ると丁度これから地震の続発期に入ることは、既に報告されていた。 

 

 北海道とそのまわりで起きた大地震でいちばん目立つのは、千島海溝沿いの大地震群である。これは太平洋プレートの潜り込みで起こる地震で、それぞれが兄弟分の地震である。

 これらの大地震には「縄張り」があるらしく、一九五二年から一九七三年までの海底で起きた六個の大地震が千島海溝の太平洋側の大陸棚に、縄張りを守って、隙間も空かず、重なりもせずに並んでいる(図2-1)。この六個の地震は一九五二年に起こりだすと二一年間という比較的短い間に南千島の太平洋側の大陸棚を埋め尽くしてしまった。大地震が隣の縄張りの「留め金」を外すのか、千島海溝沿いの兄弟分の地震にはこのような連続性がある。島村英紀・森谷武男『北海道の地震』p29)

 

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 一方、それぞれの縄張りの中では地震は繰り返す。つまり一代前の兄弟の地震がある。一九五二年以前には三四年間、一九一八年のウルップ島沖の地震まで大地震はなく、この地震が前のシリーズの最後の地震だと思われている。このように千島海溝沿いのマグニチュード八クラスの大地震は、二〇年程の続発期と、その間三〇~六〇の静穏期が繰り返してきているようである。次は二一世紀早々に始まる可能性がある。今から観測態勢や防災を考えておく必要があろう。(同同)

 

 1952(昭和27)年から1973(昭和48)年の地震を、いくつか紹介しておきたい。

 

 十勝沖地震(一九五二年)

 マグニチュードは八・二。震度六の烈震が豊頃、池田、十勝大津、浦幌、幕別、音別、厚真という広い範囲で記録された。震度五が浦河、帯広、釧路など。被害は死者二八、行方不明五、住宅の全壊・半壊・損壊が八五〇〇余、船舶の損害四五一隻。津波は厚岸湾で四メートル、八戸で二メートル、海岸沿いの低地に家が集まっていた霧多布で大被害を生んだ。(同p35)

 

 カムチャツカ半島沖の地震(一九五二年)

 マグニチュードは八・二。カムチャツカ半島や北千島を高さ四~一八メートルの大津波が襲った。北海道、本州の太平洋側沿岸にも一~三メートルの津波が押し寄せ、日本だけでも家屋浸水一二〇〇の被害があった。図2-1の範囲外の地震である。(同p35-37)

 

 一九六八年十勝沖地震(一九六八年)

 千島海溝と日本海溝が合わさっているところである。マグニチュードは七・九。震度五が浦河、苫小牧、広尾、函館など。被害は北海道で死者二、全国で五二、負傷が北海道で一三三名、全国で三三〇。住宅全半壊は北海道で一〇六、一部損壊八九八、道路、鉄道、通信施設に被害。津波の高さはえりも町で一・五~二・七メートル、北海道南岸で一メートル前後。三陸海岸では三~五メートル。函館大学の建物が崩れるなど道南の被害が目立った。(同p37)

 

 北海道東方沖地震(一九六九年)

 マグニチュードは七・八。震度四が根室、釧路、広尾。被害は鉄道、魚の養殖施設など。津波の高さは花咲で一二九センチ、釧路で七二センチ。(同p40)

 

 ▼引用図書 

北海道の地震

北海道の地震